親心
2020.05.04
1964年10月オリンピック開催
ある日TV全局がオリンピック一色となった。
大好きな大好きなアニメ「鉄人28号」が見れなくなった。
番組表や時計の見方を知らなくても絶対に見逃すことはないのに・・・。
ボクにとっての東京オリンピック=鉄人28号行方不明事件です
そして同じ時期の重大事件がお菓子屋から蕎麦屋への引っ越しです。
TVは蕎麦屋の店内に鎮座されお客様になりました。
茶の間TVは1966年1月放送ウルトラQを熱狂して見た覚えがありますから
1年間商売を頑張ったご褒美だったのかもしれません。

そもそもなぜ両親は商売換えを考え実行できたんでしょうか?
両親は東長崎駅前の市場の一角で菓子業営んでました。
市場には魚屋、肉屋、味噌屋、八百屋があってそれぞれの個人商店が集まって商売に励んでます。
両親の菓子業は当時では当たり前の量り売りのお菓子屋です。
今現在ほとんどありません。イメージではこんな感じでした。https://tabelog.com/kanagawa/A1408/A140802/14052118/

あじろと言う小さな小さな煎餅(あじろ)をポッケいっぱい詰め込んで遊んだ方がずっと幸せ。
http://inasenbei.com
市場のおじちゃんおばちゃんがポッケにいいもの持ってるね~と言われ
あじろを一つ上げると頭をなでなでされるっていいもんです。
近所の子も遊んでやるからと言ってあじろをねだりました。
汚いポッケいっぱいの埃まみれのあじろが私の生命線だったようです。
それが蕎麦屋です。意見を言える立場だったら反対に一票かも~(笑)

理由は駅前に西友ストアができたからです。
量り売りお菓子屋ですからきれいに梱包されたお菓子が棚にずらっと並んだ光景を見て
ダメだこりゃと思ったに違いありません。
梱包されたチューインガムが一箱で20入りで特売日では2個万引されれば全部売ってもトントンの世界と言ってました。
つまり我が子にチューインガム一つ上げることができない商売はなんと辛いのか。
あじろで誤魔化せるのは学校行く前の幼い頃までだと~あ~親心です。

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