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1953年式のスチュードベーカーが当時1960年に購入したボクの愛車。
1953年式のスチュードベーカー4L/V6は当時のアメ車としては小さなエンジンに軽量ボデイの架装でセダンとしては初の・・・・100マイルオーバーの性能を手に入れたクルマ!日本中何処に行っても人垣が出来ちゃった程カッコ良かった。
7年モノのポンコツだったけど、米兵とは言っても従軍牧師のハクエル氏から格安(5万円)で手に入れた。
増田と二人でベタベタとペインティングして、これで集英社と小学館から7万円の宣伝料をむしり取ったから簡単に元は取った。
メッタヤタラのお得なエピソードに塗れながらヤンチャ青春のトリを飾った4000キロのドライブは、もう死んでもいいと思ったくらいの幸せな”旅”だった。
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購入の翌年、61年3月、思い立ってこの車で相棒の増田真吾と連れ立って40日間、西日本グルグル巡りのドライブをシャレてみた。
共に1936年生まれの25歳、増は8月生れだから同年でも学年は1ッ下になる。
里程4000k/mに及ぶこの時のドライブは今でも想像できない程楽しくも過酷なものだった。
山陰道でのガス欠では最後に通過したスタンドから120キロ、電話BOXはおろか農家に駆け込んでも電話もない、仕方なく往く先に向って12キロ(あとで車のトリップメーターで確認)歩いてようやくトラックに拾ってもらって更に50キロ走って薪炭店を発見、軒先にぶら下がった『ガソリンあります』の木札が今も目に焼き付いている。
店のミゼットでガス欠車に戻ったら、相棒は車の中で大口を開けて高イビキ!
増田真吾(25歳) 身長183cm
小澤さとる(25歳) 身長178cm
タッグを組んで3年目の春、共に25歳を意識してヤンチャ坊主卒業ドライブでした。
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京都四条半の旅館『鴨月苑』の美人オカミとキョウトのガキども・・覚えているかな?
あの日のボクとスチュードベーカーをね。
モテモテドライブの結果は、帰ってから届いた「お手紙」が80通、全て女の子からで、うち50通は増田真吾宛だった・・・・ま、80%が小中学生だったから50対30もさして気にしないで済んだことでした。
このドライブで舞鶴の潜水艦見学が707の発想を助けて年末には『サブマリン707』のスタートを見たというわけです。
因みに、この写真の鴨月苑のオカミは宿泊料を100%めんじょしてくれちゃいました。もちろん内々でね、
素敵なオバアちゃんになっているだろうね・・キット!
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往く先々で、子供たち(愛読者)に囲まれたり、追いかけられたり、終いにはライセンスナンバーのプレートをむしり取られたりもしてね、ルーフはベコンと凹じゃったり・・・・
あの日の、あの元気な子供たちも今ごろ、どうしてんのかな〜?
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鯖街道でのスナップです。
この時、トリップは1400キロ、Sベーカーの車体はスカイブルーだが、すでに往き先々での子供たちのサインで自慢の愛車も見る影もなし。
一番デカイ、サインを書き込んだ京都のガキ大将「森松くん」は今も元気かな?
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